映画上映素材の変遷と運用の変化とは【フィルムからDCPへ】
2010年頃に入ってから世界中の映画館は、上映設備の急速なデジタル化を余儀なくされました。
それに伴って、上映素材も35mmフィルムからシネマ専用のデジタル素材であるDCP(Digital Cinema Package)へと変わり、今日に至ります。
では映画館のデジタル化に伴い、世界の映画館運用はどのように変化していったのでしょうか?
この記事では、フィルムからデジタルに至る運用の変化を振り返ってみます。
フィルム映画のはじまり
1900年代初頭から2000年代初頭まで、スクリーンに映像を映し出す基本原理は、ほとんど変わりませんでした。リールに巻かれたフィルムは、映写機につながれてランプの前を通り、そしてレンズを通してスクリーンに映し出されることで、映画は上映されていました。
35mmフィルムのリールは、1本あたり約20分です。つまり、1本の長編映画を上映するためには、配給会社はこの重いリールを4本から10本、すべての映画館に送らなければならず、プリント(コピーの作成)と発送にはかなりの費用がかかることになります。
その結果、プリントは再利用されることが多くなります。これにより、全国一斉公開(ファーストラン)が終映したあとに、そのプリントを再利用して他の映画館で上映する、セカンドランやサードランというような興行形態が定着しました。
プリントでの運用
そして時を経て、映写の方法も進化しました。
1970年代にはプラッターシステムが登場し、それまでの1画面に複数の映写機=リールトゥリールの上映から、多重上映が可能になったのです。
プラッターとは大きな平らな円盤で、映写技師がその場にいてリールを手動で切り替えなくても、フィルムを再生できるようにするシステムです。
プリントが届くと、映写技師はすべてのリールをつなぎ合わせ、予告編や広告を追加して途切れることなく上映できるようにし、できた何千フィートものフィルムをプラッターに装填します。そして、数メートルに及ぶローラーシステムを通してフィルムを映写機へ送り込みます。時には、フィルムが映写機に入る前に静電気除去装置に通し、フィルムに傷がつかないように注意しながら、埃を取り除きます。
その後、フィルムはキセノンアークランプ(現在でも一般的に使用されている)の前でプロジェクターヘッドを通過し、フィルムのフレーム間のランプからの光を見えなくするシャッターと同期して、移行を行います。この暗い画面と、業界標準である24フレーム/秒(FPS)の映像との間のちらつきにより、人間の脳は個々のフレームではなく、動いている映像を見ていると錯覚するのです。フィルムは映写機を通した後、そのまま別のプラッターに巻き取られ、再び上映できる状態に戻ります。
なお通常では、各フィルムは一度に1つのスクリーンでしか上映されません。しかし、インターロッキングと呼ばれる方法を利用すると、プリントを複数のシアタールームで同時に上映することが可能です。
プラッターから映写機にフィルムを送り込み、そのフィルムを直接別の映写機に送ることで成立する方法ですが、プリントを破損する危険性も高くなります。
デジタル上映への移行
35mmフィルムの取り扱いは複雑なこともあり、映写技師が多くの注意を払わなければなりませんでした。映画館の運用は固定化され、配給会社は大きな出費を強いられ、新しい技術への適応性もあまりありませんでした。
一方のデジタルは、配給会社にとって明らかに金銭的なメリットがあります。
長編映画のデジタル素材(DCP:Digital Cinema Package)による運用は、フィルムに比べてかなり安価であり、顧客はより安定した画像と音質を体験でき、3Dなどのプレミアムオプションも充実しています。
デジタルプリントの投影は、最高レベルのケアと注意が求められる物理的なフィルムプリントとは異なり、劣化や摩耗の兆候を示すことがありません。デジタルフィルムのパフォーマンスは、公開から数週間経っても、初日と同じクオリティで上映されることを意味します。
しかし、まだ使える35mmプロジェクターを多額の費用をかけてまで買い換えることは、投資対効果を考えると、当時の映画館にとって魅力的ではありませんでした。
そこで発案されたのが、VPF(バーチャルプリントフィー)という考え方です。
VPFとは、映画館のデジタル化を促進するための、設備投資にかかる費用を軽減するための仕組みです。映画館および配給会社のそれぞれから利用料を徴収し、それをデジタルシネマ機材の導入費用に割り当てることで、映画館におけるデジタル化の費用を配給会社が一部負担することとなります。
配給会社にとっても、同一規格のデジタル素材によって映画上映をおこなえるので、フィルム上映で発生していたプリント費用を削減できるというメリットがあります。
2010年頃からアメリカで始まったVPFスキームによるデジタル化は、その後全世界に広がりました。これによって、世界中の映画館は急速にデジタル化され、上映素材も35mmフィルムからシネマ専用のデジタル素材であるDCPへと変わりました。
そして、10年間に及ぶVPFスキームが終了した今では、レーザー光源を使ったデジタルシネマプロジェクターへの入替が始まり、従来のランプ光源よりも安定した上映システムに入れ替える映画館が増えてきています。また、世界的にTMS(シアターマネジメントシステム)を使った運用が主流となり、チケットシステムなどとの連動によって、運用の更なる自動化が進んでいます。
デジタル化で上映素材の配送方法も変化
欧米では、2015年頃にほぼ全ての映画館において、デジタル化が完了しました。
DCPによる上映が常態化したことで、上映素材の輸送についてもより効率的な運用が求められ、欧米では2016年に衛星通信を利用したDCPの配送が開始されます。
国土が広い全米および欧州では、衛星通信での配信は効率的なメリットも大きく、 2018年ごろには広く利用されるようになりました。
ただし衛星通信は、天候の影響を受けやすく、受信設備の設置費用も高額という課題がありました。そのことから欧州ではやがて、衛星に代わって、高速化の進むIP網(インターネット)での配信が主流となっています。
そして2021年には、オーストラリアでもIP網を利用した配信が始まっています。
日本では、衛星を使った配信モデルは経済的側面から実現性が低く、インターネットの全国普及率の高さや通信品質が安定していることから、インターネットを使った配信が進んでいます。
さいごに
海外の事情を鑑みると、映画業界を取り巻く環境のDXは、今後も格段に進んでいくと考えられます。
日本には独自の興行形態が存在し、簡単に世界と比較できるものではありません。しかしそれとは別に、映画技術を取り巻く環境は世界的に日々変化しており、多かれ少なかれ影響を受けることは必至です。
映画館運営のフルデジタル化が進む今、現在アナログ業務に充てられているリソース(人員・資産)を、顧客満足度の向上や新規サービスの創出に転換する・・・など、目に見えないメリットを見据え、デジタル化を最大限に活用した従来のやり方にとらわれない柔軟な運用が、映画興行の未来に繋がっていくのではないでしょうか。
当社では今後も、映画業界のデジタル化におけるよりよい運用について、皆さまと一緒に考えて参ります。
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